水城珠洲のページ

2002年旅日記

2002年8月末日会社上がりの「ながら」で無謀なたびに二人で出ました。会社の同僚のOとです。野郎二人で廻った旅の記録を簡単にまとめてみました。


初日(金曜)
初日は前準備です。普通の切符は入札してから出札するまでの間を一日とできます。
「ご乗車中に有効期間が終了した場合でも、途中下車しなければ、乗車券の最終着駅までそのままご乗車できます。」(JTB時刻表)
じゃないと、飲んだ帰りのお父さんは定期以外で変えれません(笑

ところが、われわれが使った「青春18切符」は
「乗車日が翌日にまたがる場合は、0時を過ぎて最初に停車する駅まで有効です。」(JTB時刻表)
だから、一番近くて(安くて)0時を経過し、かつ「ながら」に間に合う駅までの移動を図らねばなりません。

われわれの出発地点は新横浜です。そこで、姑息な手段を講じました。
新横浜を出て、東神奈川で大船行きに乗り換えます。
大船着:23:52頃
大船発:00:08

乗り換えや、出札入札の余裕を考えたプランニングでした。しかも、座れてグッド!


2日目(土曜日)
大船を出て、小田原到着が0:42着。
ここまでは、座れて作戦勝ちでした。
友人Oが腹が減った、牛丼なら食える、行く!
というので、小田原駅を繁華街側に出発。(私のテリトリの端……なのでわかる)松屋を強襲。取って返してホームに入る。並ぶ人の後ろに着く。すっげー並んでるんですけど……。
その数分後に「ながら」入線……人が入りきれません。うわぁ……。

その直後に止めを刺すような車内放送。
「乗り遅れた方がいるので最終電車を待ち合わせます。」
この瞬間、立ち乗り客の意識が一つに向いたのを感じました。
「乗り遅れた奴、殺す(--メ」

金曜日の東海道最終電車小田原行き。遅れるとわかってる電車。案の定、5分遅れで小田原駅着。結局、小田原駅を出たのは1:30。20分間小田原駅で立ちっぱなし。
結局、豊橋に着いたのは4:22。ヘロヘロ……。
なにしろ、3時間近い間、行動範囲は1平方メートルの間のみ。筋肉痛になるんじゃないかと思いましたよ。
挙動不審なおじさんもいてナカナカヘビーでした。
なお、この時点で、いわく「リセットが入り」確かに気分一新。ここから飯田線のたびが始まるのでした。

img_0020 豊橋駅の様子。私はここですでにへたり込んで死にかけてました。体力の無さを象徴する話ですな。いやぁ、もっと体力付けなあかんのわかっちょるんですが。暫く、豊橋駅の周りを歩いていて気が付いたんですが、路面電車が引かれているんですね。
豊鉄の軌道だそうです。

さて、歩き回ってもゆっくり出来る所がなさげなので飯田線のホームでおとなしく待つことにしました。

ここのベンチで、ボケーとして待って待ちました。へたれきっていたので、逆にそれがうれしかったりして、ちょっと悲しいものが無くもありませんでしたけど(苦笑しかし、ここまできても113系が走ってるとなんか、妙に近親感を覚えなくもありませんな。 img_0026

しばらく、ベンチでぼけーと座っていると、飯田線の119系が入線。

img_0030 しかし、久々に手動ドアの車両にお目にかかりました。八高線のキハ以来ですな。(今はなくなっちゃっけどしかし、飯田線が電化しているのは、少なからぬ驚きを感じました。だいぶ前からなので一部の人には常識のようでしたけど。

反対側のホームの名鉄急行「新岐阜行き」が先に発車して、6:00ジャストに出発。

旧佐久間駅(笑。この駅の構内に、佐久間レールパークというのがあるらしく、我々は遠めに見ることしかできなかった。中では、時折ミニSLとか走らせているらしいので、お子様連れにちょうど良いかもしれませんね。 img_0037

まったりと電車の旅は続きます。ところが、平岡という駅で愕然とする事実にぶつかります。

img_0059 この、何の変哲も無い駅で二十数分の停車。どないせいっつうんじゃ(笑
みどりの窓口があったので、中央線で乗る特急列車の切符を手配。切符を見せなくても、みどりの窓口まで通してくれましたけど大丈夫なのか?

そのまま、がったんごっとんと列車は走りつづけました。

img_0048 img_0066

車内の風景と、車窓から見た風景です。
なんというか、落ち着いてていいですね。禁煙じゃなければ言うことなしなんですが(苦笑
天竜峡についてバタバタと乗換え。この辺まで来るとさすがに人が増えてきました。

そうこうしていると第一の目的地。田切につきます。11:17。豊橋から5時間17分。

某OVAでも出てくるこの駅ですが、大正7年開業で、なかなか古参の部類に入る駅です。
が、なぁんにもない。何もです。駅舎、切符入れ、ホーム。階段。他なし。かの有名なRノートも無くなってました。
がっくし……。
まぁ、この駅を堪能できたということで良しとしましょう。本当に、いいところなんですがねぇ。
img_0067

 

img_0072 私的にものすごく気になったのは、このタバコの自販機。本当に100円でKENTが出てくるのか?
あまりの奇抜さに、怖くて私は100円を投入することができませんでした。

で、田切を出発12:31。そのまま揺られて岡谷に着いたのが、13:56。飯田線攻略には1日かけないと無理という事実を証明するこの他ない結果でした。ゆっくり回るぐらいの気合があれば、申し分ないところですね。

飯田線の事実上の終着駅であるJR東日本の中央東線岡谷駅です。(新宿-塩尻間が中央東線。本来は木曽福島までを言うらしいが……)
ここから、スーパーあずさ8号の新宿行きで小淵沢まで(笑
img_0089

で、小淵沢から小梅線で野辺山まで行きました。16:32着。

img_0090 野辺山駅での、キハ110系。
よもや、この列車に首都圏内に戻ってからまた乗るなどということは、この時点では夢想だにしていなかったのである。ちなみに、高原列車としてのほうが有名なようです。
野辺山駅はJR線最高駅としても有名ですね。標高1,345.67mです。どれくらいかというと、……地図が無いのでわかりませんが、その辺の山よりは高いのでは?

このあと、ホテル(リゾートイン黒岩荘)にチェックインして野辺山の町をチャリチャリで走ってきました。

野辺山にある電波ヘリオグラフです。
ちょうどこの日、イベントがあったらしく、天文に興味ある友人Oは激しく悔しがっておりました。(おりて早々チラシがあるんだもんな……)太陽観測専用の電波望遠鏡らしいです。
img_0097

こうして、一日が過ぎていきました。


3日目(日曜日)
リゾートイン黒岩荘をチェックアウトして野辺山駅へ。汽車が8:22に出発。
ほえほえ~と車窓を眺めていると山から平地に徐々に変わっていきます。野辺山が一番高いのでどっちに入っても降りてゆくだけ。
程なくして、小諸駅につきます。10時ジャスト。

img_0118 特に言うことはありませんが、前回ここを通ったときは、まだあさまが下を走ってたときでした。通過しただけですけどね。アレから、このあたりへの進入経路が限定された上コスト高になったことは否めません。この日はたまたま臨時が出ていたみたいで、少し早めに出てしまいました。この時来たのはしなの鉄道の169系でした。

今回使用する唯一の私鉄「しなの鉄道」の乗換駅でもあります。

しなの鉄道の終着駅、軽井沢駅です。しなの鉄道の案内文を読んでいると面白いですが、「かるいさわ」と昔は発音していたとか。「かるいざわ」があまりにも定着してますけどね。前来たときより偉く立派になりましたね(苦笑。で、ここでリュックを電車の中に置き忘れてダッシュで戻ったのは愛嬌です。すみません、職員さん。 img_0121

ここから、バス(西武高原バス)で鬼押出し園へ。

sta_0146 この写真はパノラマなので少し加工してあります。こんなのがどっちを向いても展開される風景は、圧倒、絶景です。
ホームページもありますので、鬼押出し園はチェックしていくととってもいいと思いますよ。お子様もいましたが、お子様にはちょいとつらいかもしれません。(実際、退屈しているお子様がいらっしゃいました)

鬼押出し園で感極まってから、バス(JRバス 浅間白根火山線)で万座・鹿沢口駅へ。

中黒(・)が駅名の中にある唯一の駅だそうです。ちなみに、英語だとMANZA-KAZAWAGUCHI。駅名の中にハイフンのある唯一の駅ではなかろうかと余計なことを考えてしまいます。
旅も終盤に近づき、まったりとしてきていました。
img_0171

吾妻線は一度は乗ってみたい電車でした。だって、変なところに線路引いてんだもん(笑
所詮、動機なんざそんなもんです。

img_0174 15:30万座・鹿沢口発車の115系の540M。結構人が乗ってきたのには驚いた。また、時間前まで改札を開けないのも久しぶりに見た気がする。(伊豆急行以来の気がする。)
吾妻線は大前駅という無人駅が終着駅なのだが、この駅は一日に5本しかないので事実上攻略は無理(笑

こうして、首都圏に向かって帰っていくのでした。
帰りに予定を急遽変更して、高崎から八高線で高麗川、八王子経由で帰ったとさ。

こんてんつめぬー

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